条例違反の残土搬入で行徳に「残土富士」とは


 市川市本行徳の江戸川左岸流域下水道の終末処理場予定地に、東京江川区の残土搬入業者が、市川市の再三にわたる指導を無視して無許可で建設残土を搬入している。

 その場所は、東関東自動車道で行徳地域にさしかかると、高速道路の北側に、残土の山がそびえ立っている。これを「行徳富士」と揶揄する向きもある。市川市当局の話では、推定の高さは約13m、土砂の量は約52万立方メートルに及ぶとのことである。

 市川市は、昭和55年に「土砂等による土地の埋設、盛り土及び堆積の規制条例」いわゆる残土条例を制定した。土砂などを、2・5m以上の高さに積み上げる場合には、市の許可が必要になるが、この搬入業者は昭和56年57年頃から無許可で十数年にわたって搬入しつづけたのだという。私なども以前から、この残土の山の存在は知っていたが、まさか無許可の条例違反の状態が、十数年も続いていたとは知らなかった。

 市川市が、この業者に土砂等の搬入中止命令を出したのが、昭和56年から十数年を経た平成8年4月のことだというのであるから、これも何と悠長な対応だろうかと驚きの連続であった。

 私は、最近この残土の山を同僚議員と途中まで登ってみた。急傾斜で、土砂崩れが起こるかと、山登りではないがピッケルでもなければ、とても頂上には至らない。純粋なる残土と思いきや、鉄骨鉄筋の断片、石うすの破片、タイルの欠片、割れた茶碗などが混入している。残土の定義を超えた物といわざるを得ない。

 地権者は納得しているのかと思いきや、そうではなく、搬入業者を相手取り東京地裁に告発、係争中と聞く。問題解決までには、相当の道のりを避けられそうもない。南風が吹く季節になると、近くのマンションは砂埃でたまらないそうだ。何ともお気の毒なことである。

 残土問題も、山中奥深いところで隠れるように行われているのではなく、川を渡れば東京という市川市のど真ん中で白昼堂々と行われてきたのである。何とかしなければならない、との思いを強くした。
(写真撮影は、吉野秀夫)